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146-Visible enemy, invisible enemy ②

    「……最悪だ」


    思わず祐人が思ったことを、そのまま口からこぼしてしまった。


    そして、祐人は眉間に皺を寄せて、臍を噛む。


    瑞穂も祐人と同じ気持ちなのだろう。その手で拳を作り僅かに肩を震わせていた。


    花蓮のもたらした情報によって、瑞穂とマリオンの友人でもある法月秋子に呪いをかけた相手は奇しくも大分絞られた。


    だが……それにもかかわらず、これでは、呪詛をかけた能力者が分かっても迂闊に手が出せないという状況であることも同時に判明してしまった。


    「そんな強大な組織……国家が絡んでいたなんて」


    マリオンは唸るように言うと、若干濃い金色の眉毛を中央に寄せた。


    ニイナもミレマーで政治的な利権や動きを間近で見てきたため、何となく事態が見えているようで、ただ黙って瑞穂たちを見つめている。


    「祐人、なに悩んでんだ? 相手は国だって言ったって、こんな理不尽なことしてんだぜ?」


    「確かにそうだよ。とても許せるものじゃない。でも……これじゃ」


    「まさか、秋子さんが国家間のいざこざに巻き込まれたなんて……」


    瑞穂も悔しそうな声を漏らす。そんなことにまったく関係もなく、また知りもしない女子高生の法月秋子が、国家の利権争いに巻き込まれ苦しめられている事実に、瑞穂のまっすぐな正義感が瑞穂の怒りを激しく煽った。


    だが、それで直情的に動くほど瑞穂も短絡的ではない。


    「おい、どうしたんだよ! みんな」


    一悟が声を上げるとマリオンが苦し気な表情で一悟に体を向けた。


    「これでは下手に動けないんです。呪詛を払うには、その大元を絶たなければならないのに、相手が強大な力を持つ国家ともなると、乗り込むこともままならないです。それに、もし私たちが強硬な手段をとれば、機関と中国の抱える能力者部隊との戦争にも発展しかねません。確か……中国は虎の子の強力な能力者部隊『闇夜之豹』を編成しているんです。噂では機関で言うランクBクラスの能力者が多数在籍しているとも……」


    「な……」


    一悟はマリオンの説明に口を閉ざす。


    祐人は花蓮に視線を移した。


    「蛇喰さん、機関はこの事態をどうするつもりでいるの?」


    「今、日本政府が水面下で中国と接触して、事態の鎮静化を図っているって言っていた。それまでの間、依頼を受けた私たち蛇喰家は、被害の拡大を防ぐことに専念するように言われている」


    「それは……つまり、日本政府がそのエネルギー開発で中国に何らかの譲歩をして、手を引いてもらうってこと?」


    「恐らくは」


    「なんてこった! 日本政府もやり返せねーのかよ! いきなり、気に入らねーからって呪いをかけてきて、言うこと聞けば呪いを消してやるって、どこのマフィアだよ! そんな連中の言うことを聞くってのか!?」


    一悟はイライラした感じで頭を掻いた。


    「日本政府はお抱えの能力者は持ってないんです。こういった事態は機関にそれを代行してもらってるところがあって……その意味で機関とは良好な関係を保っているんですが……」


    「でも、マリオンさん、これじゃあ、やられるばかりで意味ねーよ。その頼りの機関が動きづらいんだろ? 今後もずっとこんな感じで行くつもりなのか? 日本のお偉いさんたちは!」


    一悟の言うことや、今、一悟が感じているやるせなさは当然のものと言って良かった。何故ならここにいる全員が思っていることでもあるのだ。


    突然、瑞穂は立ち上がり、全員が瑞穂に目がいく。


    「それまで、秋子さんに我慢しろって……そういうことなのね。何も悪くない秋子さんは苦しめられて、衰弱までしているっていうのに」


    祐人が瑞穂の絞りしたような声色に、祐人自身も唇を噛んだ。


    「いいわ……明日、機関に乗り込んで、どういうつもりか問いただしてくる。これじゃあ、何のために私は……それにやっぱりこのまま黙っているのは気分がスッキリしないわ」


    「瑞穂さん……」


    マリオンは瑞穂の気持ちが痛いほど分かる。だが、機関の回答は想像できるものだ。恐らく、瑞穂の求める形にはならないだろう。そして、それに気付かない瑞穂でもないことも分かっているため、後に継ぐ言葉が出てこなかった。


    瑞穂の表情にもそれを示すような怒りと悔しさが滲み出ている。祐人はその瑞穂の表情から瑞穂の心の内が見え、拳を握った。


    「あー、たくっ! なんていう状況だよ……。正義が勝つ時代は終わったんかよ。祐人、お前も結局、動けねーと思ってんのか?」


    吐き捨てるように言い放つと一悟も立ち上がった。


    祐人に一悟の言葉が重くのしかかる。祐人は思いつめるように腕を組み、あらぬ下方に目を落とした。一悟はその祐人の姿を見つめて舌打ちをする。


    「おい、祐人、お前はなんで普通の人間より強いんだ? いや、なんで強くなったんだよ。相手が巨大な組織か国だか知らねーけど、理不尽がまかり通るのをただ横で見ているような奴は、実力があっても意味ねーぞ?」


    祐人はピクッとこめかみの辺りが動いたが、体は動かずに黙っていた。


    「まったく……能力者だ、って言っても、結局一般人の作った体制に飲み込まれていくんか……。これじゃ、能力者は、ただの便利屋だな」


    一悟が祐人に向けて言った言葉に瑞穂は悔しそうに何かを言いかけるが黙り、マリオンは沈んだ表情を見せる。


    それぞれの能力者である3人にの反応を見て一悟はため息を吐く。


    (挑発してんだが、気の強そうな四天寺さんもこれか……。余程、しがらみが強いんだな)


    そして、能力者という人間たちの事情を大して知らない自分が厳しく言い過ぎている、ことが分かっている一悟は祐人たちに顔を向けた。


    「事情も知らねー、しかも何にも役に立たねー、俺が言うことじゃなかったな……。俺は四天寺さん、マリオンさんが一番つらいのを知っていて言ってた。四天寺さん、マリオンさん、すまなかった。あと祐人も……」


    一悟は瑞穂たちに謝り、自分の髪の毛を片手でクシャッと握る。


    「まあ、とりあえずは四天寺さんが機関って言うところと掛け合ってもらって、その報告を待つしかないか……」


    一悟の力のないつぶやきに、マリオンとニイナも立ち上がりつつ、目を落とした。


    「いや……一悟の言う通りだよ」


    「は?」


    「え?」


    マリオンとニイナ、そして瑞穂も祐人の方に顔を向ける、


    祐人は口を開いたかと思うと、勢いよく立ち上がった。


    「一悟、ありがとう、目が覚めたよ。僕は目の前の理不尽を素通りするために強くなったんじゃない。こんなことを知っていて何もしないのは、必ず後悔する!」


    祐人のその言葉を聞き……一悟が段々、嬉しそうな顔に変わっていき、喉を鳴らし始める。


    「は! おせーよ、祐人!」


    「ああ、悪かったね!」


    一悟と祐人が互いの肘をぶつけ合った。


    祐人の言葉で話の方向が急展開したことに瑞穂は驚く。


    「ちょっと、祐人! あなた一体、どうするつもりなの!?」


    「瑞穂さん、いや、今まで通りだよ」


    「え?」


    「今まで通り、この呪術師を特定して、そこに乗り込む! 幸いなことに中国の軍関係の施設のどこかってことまでは絞れたし」


    「祐人さん……まさか」


    マリオンの顔がみるみる青ざめていく。


    「よく考えれば、今回のこれは、中国が証拠はないっていうことを良いことに、このやりたい放題なことをして、しかも一般人を平気で巻き込んだ挙句に、日本政府に譲歩させるんでしょう? だったら……」


    「こちらにも証拠がなければ、何でもOKってか!?」


    一悟が満面の笑みで、左の手のひらを右拳でうった。


    「そんな! 無茶です! いくら祐人さんでも、大国相手に証拠も残さずなんて……。しかも、一人で『闇夜之豹』とやりあうつもりですか!? 私は反対です! 無謀すぎます」


    「いや、マリオンさん。さすがに敵能力者部隊と全面的にやりあうような真似はしないよ。というより、僕の考えているのは敵に感づかれずに潜入して、中国の能力者に危害は加えずに、この呪術の触媒を破壊する。そうすれば、この呪詛も解除されるはずだし、相手もこちらに表立って難癖はつけられないはずだよ」


    「それが無茶だと言ってるんです! 相手は実力こそ、はるかに劣っているとはいえ前回のスルトの剣とは違うんですよ? 多数の手練れの能力者と大国の軍隊を相手に、出来る訳ありません!」


    この時……マリオンの話す内容にニイナが目を広げた。


    (スルトの剣? 前回と違う……? どういう……祐人はミレマーで何をして……?)


    ニイナは心の中に沸き上がる……違和感のようなものを感じて祐人の横顔を見つめてしまう。それは祐人が隣の席にきて自然と流れた涙のように湧き上がる違和感だった。


    そこに瑞穂が無表情にしかし、鋭い視線を放ちながらマリオンの横から一歩前に出てくる。


    「祐人……一つ聞くわ」


    祐人は瑞穂の真剣で力の籠った目を見つめた。


    「自信は……あるのね?」


    「……あるよ。僕の仙道能力は隠密行動を得意としているからね。相手の場所さえ分かれば必ず……いや、やって見せる」


    お互いに見つめ合う二人。そして、その数秒の祐人と瑞穂の沈黙は、瑞穂の苦笑いで解ける。


    「分かったわ……私は祐人を信じるわ。私は雇い主だものね、あなたの考えに乗るわ」


    「瑞穂さん! どうして! こんなの作戦でもなんでもないですよ!」


    「ふふふ、マリオン、大丈夫よ。それに……この祐人の顔を見なさい」


    「!」


    マリオンは瑞穂に言われて、祐人を見た。


    そして……すぐに大きなため息を吐く。そのため息を吐くマリオンの表情には明らかに諦念が見えた。


    「分かりました……もう、今の祐人さんに何を言っても無駄でしょうし……。でも、祐人さん」


    「うん?」


    「無茶だけは……控えてください。私は、心配なんです。いつも、いつも祐人さんは無茶ばっかり……しかも、自分以外のことで」


    マリオンの透き通るように潤む碧い瞳に見つめられて、祐人はドキッとしてしまう。


    「祐人さん……今回も一人で行くつもりなんですか?」


    横で考え込むようにしているニイナはマリオンの言葉にハッとするような態度をとる。そのニイナの様子に気づいた一悟が、不思議そうにニイナを見つめた。


    「い、いや、マリオンさん、まだそこまでは考えていないよ。相手の場所を特定してから考えようかと……」


    「私は行くわよ、祐人」


    瑞穂は腕を組みながら声を上げた。


    「私も行きます」


    瑞穂の言葉にマリオンも即座に反応。


    「いや、それは……のわ!」


    二人の目力に祐人が思わず後退る。瑞穂とマリオンからは絶対について行く! という決意が感じられるものだった。


    このやり取りを見ていた花蓮が首を傾げる。


    「今の話、好きにすれば良いと思う。私には関係ない。ただ、相手の呪術師のところに行く際に、いくら相手に感づかれなくても、その間、3人とも学院を留守にしていれば疑われる。証拠はなくとも状況証拠になりかねない。目をつけられれば面倒」


    「!」


    「あ……」


    瑞穂とマリオンが花蓮の指摘に目を大きした。


    祐人は花蓮の指摘に大きく頷いた。


    「あ、それはあり得る。でも僕には証拠を残さないということに関しては考えがある」


    瑞穂は眉を顰めて祐人の考えを促す。


    「それは?」


    「敵地では証拠は残さないよ。でも、蛇喰さんの言うことも考えられる。だから、僕や瑞穂さんたちが疑われるようなことがないように、完璧なアリバイを作る。僕らが一度もこの学院を離れてはいないという完璧なアリバイを。さらに、同時に一悟やニイナさん、茉莉ちゃんの護衛も兼ねることが出来るようにもする」


    祐人の提案に一悟が眉を寄せた。


    「おい、祐人、そんなことが出来るのか? 随分と……そんな都合の良い作戦ができる訳が……って待てよ? ままま、まさか! お、お前!」


    一悟が顔を真っ青にして、ガタガタ体を震わしだす。


    「うん、僕の友人たちに力を貸してもらう」


    「嫌ぁあぁあぁーー!!」


    「一悟……僕の友人たちのフォローをお願いね」


    「無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理ぃぃぃぃ! 俺には無理!!」


    一悟の発狂ぶりに瑞穂とマリオンも何事かとたじろいだ。


    「いや、今日、直接的に襲ってきた連中の正体も目的も分かっていないんだから。僕たちが動き時に一悟やニイナさん、茉莉ちゃんたちを残していくのは正直怖いんだ。ニイナさん」


    「は、はい!」


    「ニイナさんにも僕の友人たちのフォローを、一悟と……そうだね、茉莉ちゃんとも協力して、してもらいたいんだ」


    「……? はい! 分かりました。何だか分かりませんが、私にも出来ることは何でもします!」


    「ニイナさん! 安請け合いは駄目ぇぇぇぇ!!」


    涙目で縋るように言ってくる一悟にニイナは半目。


    「それと茉莉ちゃんもお願い……」


    祐人は茉莉の方に振り返ると、そこにはまだ壊れたラジオのようにブツブツと放送している茉莉を見て額から汗を流す。


    (まだ……立ち直ってないや)


    「ま、いいや。茉莉ちゃんには後で説明しよう。フォローできるメンバーは多い方がいいし」


    横で一悟は膝を着き、頭を抱えて、瞳孔の開いた目で遠くを見つめている。


    「あぁあぁあ……。楽しい、お嬢様たちとのキャッキャウフフの女子高ライフが……なんでこんなことに……。お、俺には見える、もうすんげー見える! この女学院を巻き込んだ一大地獄絵図が!!」


    「ちょっと一悟! 正義が勝つ時代を終わらせないためだよ! それに大袈裟だよ、ほ、ほら、以前よりはきっと大人しくなってる……かもしれない?」


    「疑問形ぃぃぃぃ!! 祐人ぉぉぉ!!」


    一悟が祐人に飛びかかった。


    暫くして一悟が落ち着きを取り戻し、というより精根尽き果てた顔で大人しくなった。


    「もういいです……諦めます。色々と……」


    真っ白な一悟に全員が扱いに困った表情。


    横から花蓮の契約人外の白蛇が一悟をジッと見つめている。


    「祐人……覚えてろよ。この恨みは必ず……」


    「目の前で言わないでよ……」


    「はあー、もういいわ。今回は一人じゃないしな。それで白澤さんにも説明しないと駄目だろ? どうする?」


    「そうなんだけどね、この状態じゃ……。後で話しておくよ」


    定期的に顔をボンッと赤くさせている呆然自失の茉莉に祐人と一悟は目を移した。


    瑞穂とマリオンも何故か他人事ではない感じで、茉莉を見て、あまりに見事な壊れぶりに今は少し顔を若干引き攣らせている。


    「そうだな、俺からも話しておくわ。以前の悲劇もな……」


    そう言いながら一悟は、いまだに姿を見せ続け、自分を見つめている花蓮が出した白蛇に目をやる。そこで一悟は気付いたような表情になった。


    「あ……あの時の、お昼の時に見た影はこの蛇様のものだったんだな。うーん、こうやって見ると、なんかカッコいいな!」


    すると白蛇は心なしか嬉しそうに、大きくうねり、花蓮から離れた。


    どこに行くのかと、そのまま何となしに見つめていると、白蛇は茉莉の方に移動をしていく。そして、茉莉の顔のすぐ近くで白蛇は止まった。


    すると……白蛇は自我崩壊の境界線上を彷徨っている茉莉の頬にその赤く細長い舌を何度も……当てる。


    さすがにくすぐったかったのか茉莉はハッとしたように、ツンツンしてくる頬の方向に顔を向ける。


    「……?」


    茉莉と大きな白蛇は至近で見つめ合った。


    「……」


    「……(蛇神様)」


    「あ、茉莉を気に入ったみたい。この子が初対面の人間を気に入るのは珍しいこと」


    花蓮が坦々としているが驚いた、といった風に両手の手のひらを肩をすくめながら上にあげた。


    茉莉は暫く白蛇を見つめると……白蛇の舌が茉莉の鼻に当たり、茉莉の瞳の色合いが強くなっていく……。


    「ギ……」


    「あ……」


    「ギャーーーーーーーーーーーー!!!!」


    「ギャーー、って、茉莉、女子力が足らない……。そこはキャッ、と可愛く反応すべき」


    「なにこれ! ナニコレ! 蛇よ!! でっかい蛇ぃぃーー!! 祐人ぉぉ助けてぇぇ!」


    茉莉は絶叫しながら、いつの間にか自分の目の前にいる自分と同じくらいの大きさの蛇の前から飛び上がった。


    そして、思わず祐人に抱き着く。


    「のわ! ちょっと! 落ち着いて茉莉ちゃん!」


    それを見て瑞穂とマリオン、ニイナの額に血管が一気に膨れ上がった。


    「し、白澤さん、またしても!」


    「二度目は許せないです!」


    「ゼロ距離使いすぎ!」


    と、茉莉を祐人からはぎ取ろうと、もみ合い、祐人も巻き込まれ、その場に5人とも祐人を下敷きに倒れる。


    その祐人を一悟は半目で見つめ……花蓮に視線を移した。


    「まあ、いい気味だ。あ、そういえば……花蓮ちゃん」


    「おまえ、さっきから名前で呼んで馴れ馴れしい」


    「まあ、いいじゃねーか。花蓮ちゃん! その方が可愛いし」


    「……」


    一瞬だけ顔を赤らめる花蓮。


    「この蛇神様の名前はなんていうの? これだけ神々しいしな、そりゃあ難しい名前なのかな?」


    「……ニョロ吉」


    「は?」


    「ニョロ吉。私が名付けた、いい名前」


    「すげー残念だよ!!」


    今日一番大きな声を出した一悟だった。
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