その昔……
今から数百年以上前は、不死鳥族は人間と良好な関係を保っていた。
不死鳥族は人間の街に近いところに里を作り、頻繁に交流をしていた。
魔物に襲われる人間を助けて……
そのお礼として、食事会に招かれるということがあった。
食事会はけっこうな回数で行われていて、不死鳥族は、ちょくちょく人間の街に足を運んでいた。
高級な食材が使われた、豪華な食事ではない。
素朴な家庭料理だ。
ただ、エルフィンはそんな家庭料理が好きだった。
笑顔で一緒に食べる時間が好きだった。
時にレシピを教えてもらい、一緒に料理を作っていた。
不死鳥族は……エルフィンは、人間のことが好きだった。
好きだったからこそ、裏切られたことが許せなかった。
最悪の状況で裏切られたことで、激怒した。
――――――――――
ある時、魔王が活動を開始した。
人間という友人を守るために、エルフィンは戦いへ赴いた。
当時、子供を産んだばかりではあったが、エルフィンの力は群を抜いており、欠かせない戦力となっていた。
そしてなにより、彼女自身が人間を守りたいと思い、戦いへ赴いた。
もちろん、産まれたばかりの息子を連れて行くわけにはいかない。
息子は、里に残る同胞に任せて、自らは戦いに出た。
長い戦い……
魔王との戦争は数年に及ぶ。
多大な犠牲を払いながらも、どうにか勝利することができた。
人間を守ることができた。
そのことを喜び、エルフィンは笑顔で同法のところへ帰った。
勝利を報告して、同胞と一緒になって喜び……
そして、産まれたばかりの息子を、めいっぱい愛そう。
離れていてごめんね。
でも、これからはずっと一緒にいるからね。
そんな言葉をたくさんかけよう。
嫌がるくらいに愛してあげよう。
そんなことを考えて、エルフィンは笑顔で里に帰った。
そして……炎上して、同胞達が死んでいる悲惨な光景を目の当たりにした。
なにが起きたのか?
魔物に襲撃されたのか?
エルフィンは混乱して……次いで、慌てた。
息子は?
自分の命よりも大事な息子はどうなった?
パニックに陥りながらも、エルフィンは息子を探した。
必死で探して探して探して……
そして、見つけた。
なによりも大事な息子は……首を切られて、大量の血を流して、すでに事切れていた。
そして、実行犯であろう人間達が、その血を餓鬼のようになりながら飲んでいた。
魔王との戦争が数年も続いたことで、人間は疲弊しきっていた。
物資はなくなり、食料もない。
そんな状態で健康を保つことは難しく、次々と病に侵されて、倒れていく。
食べるものもなく、病に侵されるのを待つだけ。
あるいは、獣のエサとなるか。
どうしようもない未来しか残されていない人間は、焦り、怯え、嘆き……そして、永遠の命を求めるようになった。
そして、不死鳥族に目をつけた。
癒やしの力を持つ不死鳥族の肉を喰らえば、不死になることができる。
その血を飲めば、どんな病気も怪我も癒やすことができる。
そんな噂が広がるようになったのだ。
もちろん、なんの根拠もないデタラメだ。
確かに、不死鳥族は癒やしの力を持つが、その肉や血を口にしても、なんの効果もない。
しかし、人間達は真偽を確認することはしない。
他者を踏みにじる行為だとしても、関係ない。
自分達が生き延びるために、不死鳥族を踏みにじることにした。
そして……蹂躙が行われた。
不死鳥族は最強種ではあるが、エルフィンのように戦闘に長けた者は、全て戦争に出ていた。
里に残っているのは、大した力を持たない女子供、老人だけだ。
亡者のように大量に押し寄せてきた人間を相手にすることはできず、全て、踏み潰されてしまう結果になった。
その中に、エルフィンの息子もいた。
息子は、おそらく生きたまま首を切られ、苦しみながら死んだのだろう。
涙の跡が頬に残っているのが見えた。
そんな息子の遺体を物のように扱い、人間達は血を飲んでいた。
砂漠でオアシスを見つけた時のように、むしゃぶりついていた。
見つかると、これは誤解だと必死で弁解した。
母親にとって、一番大事なものはなにか?
答えは、子供だ。
子供のためなら、なんでもできる。
自分の命すら惜しまない。
それが母親というものだ。
その子供を奪われた。
これ以上ないほど、残酷な方法で……てひどい裏切りを受けて奪われた。
己の何倍も、何十倍も大事な存在を……奪われた。
その時のエルフィンの嘆きと悲しみは、心が壊れてしまうほどのものだった。
ただ、とある感情が彼女の心をギリギリのところで支えた。
その感情は……憎悪。
なによりも愛しい我が子を奪われた母の怒りは、愚かな人間達を焼き払った。
そして、エルフィンは息子の亡骸を抱え、なんとか生き残った仲間達と共に、中央大陸を去り、人間と決別した。
それから、長い年月が経った。
息子を失った悲しみから、しばらくは廃人のように過ごしていた。
夫の献身的な支えもあり、時間をかけることで、なんとか体も心も回復して……
そして、新しい子供……フィーニアを授かることができた。
その時のエルフィンは、しばらくの間、うれし涙を流した。
息子のことは、フィーニアには話していない。
当時のことを思い返すだけで、殺意が押さえきれなくなるからだ。
娘を怯えさせるわけにはいかないため、今は秘密にしている。
また、心の整理が完全についたわけではないため、自分でもどう話していいかわからないのだ。
息子が殺されて、もう何年も経過した。
長い月日が流れた。
それでも、怒りが消えることはない。
憎しみが色褪せることはない。
今もなお、人間に対する強い怒りと憎しみと不信感が、心の奥底に根付いている。
この怒りが晴れる日は来るのか?
この憎しみが消える日は来るのか?
人間のことを再び信じることができる日は来るのか?
たまに、エルフィンはそんなことを思うが……
その度に息子のことを思い出して、そんなことはありえないという答えになる。
そして……
今日も、エルフィンは人間に対する怒りと憎しみと、息子を奪われた母の嘆きを胸の奥でくすぶらせている。